三、歴史三、歴史

歴史年表

蛭子大神、淡路より先ずこの地に御船を寄せ給ふ。
古来よりこの地を『蛭子の森』と称し、西攝地方における蛭子大神を祭祀した最古の場所。
西宮神社が和田岬へ海上渡御をしたのはこの理由による。

1173年承安3年

市杵嶋姫大神(厳島神社の大神)を祀る。
平清盛が兵庫津(大輪田泊)に大土木工事を起し経島を築く。
和田岬の他に6ヶ所勧請し、兵庫七弁天と称す。

1659年万治2年5月

22日の洪水により岡太神社の神輿が蛭子の森に流れ着く。
神異あり。
能福寺の僧、長吽により岡太神社の大神なる事を知る。

1662年寛文2年11月

社殿および隣松院の竣工。
尼崎城主の青山大膳亮幸利公(あおやまだいぜんのすけよしとしこう)の発願により起工。
隣松院は現在の社務所にあたる。

1680年延宝8年7月

影向松に奇瑞あり。和田明神の正体(白蛇)現れる。
祭式を盛んにする。
安田家に伝わる網家古伝記より。

1683年天和3年3月

神輿を建立。

5月

併せて神輿庫を造作。

1728年享保13年7月

南参道の石鳥居が大阪の菱垣廻船問屋より奉納される。

1731年享保16年

神道学者の井上篤好により和田明神記一巻を作成。
戦災により焼失。

1741年寛保元年

台運が梁田蛻巌に和田崎記の作成を依頼す。
井上篤好の和田明神記および地図と詩文若干を添える。
蛻巌先生文集にも掲載。

1744年延享元年

別殿に在った二座【(左)市杵嶋姫大神(右)蛭子大神】を相殿に祀る。
社殿の改築。

1750年寛延3年

台運が鷹見保具と共に輪田御崎神社造營次法樂和歌を勧進す。

1753年宝暦3年

鷹見保具が法樂百首和歌を勧進す。

1760年宝暦10年7月

即運が近江善水寺より十一面観世音立像を請来す。
神仏分離に伴い能福寺へ返還。

1764年宝暦14年5月

朝鮮通信使が海上安全祈願に来社。
帰路の途中に暴風に見舞われる。
後日に地元役人がお礼参りに来社。

1766年明和3年3月

南参道の燈篭を建立。
今出在家町が奉納。

1766年明和3年

与謝蕪村が来社。

1778年安永7年

与謝蕪村が隣松院にて俳諧の会を開く。

1791年寛政3年5月

宮比神社の燈篭を建立。
新在家町の網屋甚六が奉納。

1796年寛政8年6月

祓戸の燈篭を建立。
神田氏が奉納。

1804年文化元年

秋葉神社の燈篭を建立。
出在家町太々御神楽講中が奉納。

1818年文化14年5月

参道の燈篭を建立。
廻船問屋の熊野屋および座古屋が奉納。

1839年天保10年

本殿銅板屋根葺き替え。
本殿の桧皮葺屋根を焦がし後は銅板葺き替えとなる。
近畿では銅板の屋根はこの社より始まる。

1848年弘化5年2月

13日に廣瀬旭荘が門人と共に隣松院を訪れる。

1854年嘉永7年3月

廻船問屋より神社正面の石灯籠が奉納される。
阪神淡路大震災により基礎から上部が転落破損す。

1863年文久3年4月

23日に14代将軍家茂が勝海舟と共に老中以下の幕僚を従えて和田岬に上陸し、隣松院で昼食会を催す。

1863年文久3年4月

23日に14代将軍家茂が勝海舟と共に老中以下の幕僚を従えて和田岬に上陸し、隣松院で昼食会を催す。

1863年文久3年11月

13日に一橋慶喜が台場築造工事の視察に来る。

1864年元治元年8月

和田岬砲臺が竣工す。
工費が約弐萬五千両を要し出納には神田兵右衛門が当った。

1873年明治6年6月

村社に列す。

1877年明治10年1月

県社に昇格。

1889年明治22年9月

18日に福沢諭吉が参拝される。

1893年明治26年

三菱造船所の建設計画が発せられる。

1899年明治32年10月

31日に境内地移転による遷座祭斎行。

1901年明治34年5月

神社正面の旧大鳥居を建立。

1901年明治34年5月

参道の燈篭を建立。
和田崎町が奉納。

1901年明治34年12月

境内地移転による神域の造成完了。

1902年明治35年5月

移転完了。
社務所、神饌所、能舞臺を新築する以外は移築。

1908年明治41年5月

本殿正面の狛犬を建立。
兵庫南農業組合が奉納。

1911年明治44年3月

神田兵右衛門の彰徳碑を建立。
兵庫南濱七ヶ町が協議。

1911年明治44年5月

参道の注連縄柱を建立。
今出在家町が奉納。

1911年明治44年

5月22日を祭日に加え5月22日、23日を例祭日とす。

1912年大正元年12月

影向松の碑を建立。

1916年大正5年4月

稲荷神社の燈篭を建立。
西海家および石上家が奉納。

1922年大正11年11月

天壌無窮の神勅の碑を建立。

1937年昭和12年5月

青銅大鐘楼一対を造営。
今出在家町敬神講社が奉納。
大戦中に供出。

1940年昭和15年11月

皇紀2600年記念碑を建立。

1941年昭和16年

祓戸の燈篭を建立。
愛国婦人会が奉納。

1941年昭和16年12月

宮比神社の鳥居を建立。

1945年昭和20年2月

4日に空襲で社殿焼失。

1945年昭和20年3月

17日に空襲で社務所焼失。
境内建築物すべてが焼失。

1947年昭和22年5月

20日に仮社務所が竣工。

1953年昭和28年5月

21日に宮比舎(社務所)が竣工。
敬神婦人会が奉納。

1957年昭和32年5月

3日に本殿および幣殿の戦災復興竣工。
本殿遷座祭斎行。

1968年昭和43年11月

元宮司、和田陽三の碑を建立。

1973年昭和48年5月

拝殿が竣工

1973年昭和48年5月

社務所が竣工

1976年昭和51年3月

本殿正面の燈篭を建立。

1977年昭和52年3月

三浦清太郎の碑を建立。
兵庫県内の漁業関係者が奉納。

1978年昭和53年

金平町のだんじりを修復。

1981年昭和56年10月

神馬像を建立。
山崎家が奉納。

1981年昭和56年11月

市杵嶋姫大神の御鎮座800年祭を斎行。
御移転80年祭をあわせて斎行。
記念碑を建立。

1981年昭和56年11月

だんじり庫が竣工。

1988年昭和63年10月

稲荷神社拝殿が竣工。

1995年平成7年1月

17日午前5時46分阪神淡路大震災起こる。
神社正面の大鳥居ほか石灯籠および玉垣が倒壊。
本殿および社務所が一部損壊。

1996年平成8年2月

古札所が竣工。

1996年平成8年11月

2日に神社正面の大鳥居が竣工。
阪神淡路大震災により倒壊。

1996年平成8年11月

神社正面の石灯籠が修復竣工。
阪神淡路大震災により倒壊。
竹内グループが奉納。

2000年平成12年11月

2日に御移転100年記念大祭を斎行。
秋季例祭とあわせて斎行。これを以って震災復興事業を終える。

2001年平成13年5月

御旅所を建て替え。

2002年平成14年6月

稲荷神社参道を修復。

2004年平成16年12月

稲荷神社の提灯が氏子会により奉納。

2005年平成17年11月

2日に与謝蕪村の句碑および弁財天の銅像が竣工。

2013年平成25年1月

平成の大造営 第1期工事が始まる。

2014年平成26年2月

平成の大造営 第2期工事が始まる。

2014年平成26年4月

12日に巳塚が竣工。

2014年平成26年5月

2日に秋葉神社遷座祭を斎行。
社殿の改築による。

2014年平成26年6月

7日に猿田彦社遷座祭を斎行。
社殿の新築による。

2014年平成26年6月

28日に本殿遷座祭斎行。
本殿修復による。

2014年平成26年11月

3日に氏子奉納だんじり入魂式斎行。
宮下健次が奉納。

2014年平成26年12月

平成の大造営記念奉祝大祭斎行。
平成の大造営完了による。
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